2012 家映画洋画トップ10

多種多様な選出

1位ウォッチメン

 

最近のアメリカン・コミックものは、中身が非常に濃いから面白い。

この作品は、核開発競争の奥に秘められたものを的確に指摘している。

実は核開発競争は別に「核兵器」でないといけないわけではなく、「相手より強い兵器を多く生産する競争」だということを明らかにしている。そしてこの作品が面白いのは、アメリカ側が保有する最強兵器(Dr.マンハッタン)が「心を持っている」点である。核兵器は、自分で考えることができないため国が自由自在に操ることができる。しかしDr.マンハッタンは自分の意思で行動するためちと厄介な存在である。実際に、彼が逃亡したとたんソ連が強気に出るという事態が発生した。また、この作品には「本当の善は存在しない」という近年のアメコミシリーズがテーマにしてきたものも重厚に描いている。普通ヒーローって苦悩して善に働きかける行動をするが、この作品では善を行うために悪を行使しなくてはいけないというテクニカルな描き方で従来のシリーズを凌駕した。とても長い作品だったが飽きることなく楽しめた逸品でした。

2位マンダレイ

 

「ダンサー・イン・ザ・ダーク」のラース・フォン・トリアー監督作。体育館のようなスペースで壁をすべて取っ払った舞台で役者を演じさせる意外さで話題となった「ドッグヴィル」の続編で、前作と同じスタイルで描かれているため彼の作品としては地味な位置づけとなっているが、これは間違いなく前作を超えている。前作では「アメリカという一見自由主義でオープンな国だが、実は部族意識が高い国」というのを告発するので精一杯だったが、この作品ではアメリカの悲惨な歴史を一つの村の物語で収束させるという大技を繰り出していた。前作で村に仲間はずれにされ殺されそうになったところを危うく脱出した主人公が今度は奴隷社会が蔓延るとある村を武力制圧して自由と民主主義を推し進めるが悲劇を生んでしまうという話。あれ、ちょっと待てよ。これって、イギリスから逃げてきた人が米国の先住民を追っ払って自分たちのルールを押しつけ急激に国を発展させるが、世界恐慌のきっかけを作ってしまった様子とそっくりではないか。最初に先住民に「民主主義ってこんなにいいんだよ」と啓蒙して、あとで絶望を見せる手法で近代の悲劇を表現するトリアーのえげつなさに脱帽した。本当に怖いのは実は人間であり、自然災害で等で苦しむのは決して運だけではなく、人間がトリガーになっていたのだなということに気づかされた作品でした。

3位バルタザールどこへ行く

 

これは一風変わった恋愛劇だ。なんたって、少女とロバの恋愛悲劇なのだ。

しかも、どう演技指導をしたのかロバの悲壮感あふれんばかりの演技が上手すぎなのだ。

自分のことを大切に扱ってくれる少女と分かれ離れになり、ある飼い主のもとで重労働に課せられる。もちろんロバは人間ではないので口がきけない。ただ言われるがまま重い荷物を運ぶのである。その時のロバの顔に泣けてきました。しかもラストのラストまでロバが可哀想すぎて、画面を直視できなくなりました。

これは、動物という声出さぬ者の特徴を最大限に活用した傑作であった。

 

4位ショーガール

 

アカデミー賞前夜に行われるゴールデンラズベリー賞を総ナメにした問題作。

しかし、これは実は日本に例えるならばアイドル業界の闇をえぐりにえぐった傑作である。

そりゃ、マスコミも絡んでいるラジー賞で総スカンを浴びせられるのも無理ない。

憧れと期待を胸にラスベガスにやってきた女がショービズ界へと墜ちていき、ドロドロな女と女の蹴落とし合いに巻き込まれる描写が、「上京したての女の子が某アイドルグループに入るはいいが、センターはもちろんテレビにすら出られず、よく分からない公演等の埋め駒にされる」様子とよく似ている。そして表では明るくても舞台裏で、荒声なき闘争を繰り広げている様子もリアルだ。ラジー賞の作品は本当にひどい作品も多いけれど、このように政治的要因で選ばれてしまっている場合もあるんだなと思った。やはり「映画は中身で観るべし」、これは徹底したい。

5位レボリューショナリー・ロード 燃え尽きるまで

 

サム・メンデスと言えば、昨年も今年のトップ10で「アメリカン・ビューティ」を選び、今年も「007/スカイフォール」を選定するというメッチャ好きな監督である。なんたって、僕が好きな「深い心理描写」を描くプロフェッショナルだからだ。今回はアメリカンドリームの闇を暴いている。舞台は子どもも作り子育てしやすそうな静かな住宅地だ。夫はそこそこ会社で活躍し充実した人生を送っているが、妻はデカダンスな日々に嫌気を差し始める。そしてフランスに移り住むことを夫に提案する。最初はあまりに突飛なアイデアに困惑する彼もやがて了承する。しかし、それを聞きつけた近隣が阻止しに来る。この話には二つの内容が込められている。一つ目は「働く女性像」だ。やはりアメリカも日本と同じでかつては男が働き、女は家事という生活が普通だった。しかし、主婦というのは退屈である。なんたって今みたいにパソコンが発達していない時代だから、付き合う人は近隣の人たち。でもこの作品の主人公は、「自分は女優志望で高尚な人なのになんでこんな低俗なばばあと話さなきゃいけないの?」と葛藤を抱いている。そこで「自分も働きたい」と夫に説得する。このシーンで妻が「あんたは働かなくていいよ。私が稼ぐから」と言う。なるほど、妻は女性の働く権利を主張する一方でどこかしらに「あんたも主婦の苦しみを味わいなさいよ」というメッセージが含まれている。そうでなければ、「保育園に預ける」みたいな代替案を提示するはずだからだ。働けない女性描写が色濃く表れていました。二つめは「意外と群れ主義なアメリカ」である。日本は群れを作るのが大好きな国である。そして群れでのポジションを決めて和を生み出す。しかし、和を崩す者には厳しく接する。実は自由主義アメリカにも群れ主義は存在していた。私が昨年留学でアメリカに行ったとき、あまりに群れで行動するのが好きなアメリカ人たちに驚いたくらいだ。閑話休題。この作品では、主人公夫婦がフランス移住を近隣に話したときの近隣の態度に表される。まず、自分たちのいる地区の良さを教えたり、何故移住するのかを根掘り葉掘り聞く。この描写が言っているのは「あいつらがいなくなったら、俺達の和が乱される。やめてくれ」という意味だ。主人公たちの住む地区で絡むような人は数人しかいない。女性からの立場で見ると、世間話する人が減り退屈な生活がさらに退屈なものになってしまう。しかも、彼女らは保守派(革新派だったら、夫婦の移住を応援し文通でもするだろう)だから移民が入ってきてもすぐには仲良くならないだろう。だから、ある近隣住民の女性が移住騒動に泣く理由が証明できる。このように、サム・メンデスはシンプルな構造に深い内容をねじ込む天才と言えよう。

6位ロープ 

 

私は結構ヒッチコックの作品が苦手だが、この作品は今まで観た彼の作品の中で一番面白く釘付けになった。まず撮り方が凄い。当時撮影はフィルムで行われていたため、一回の撮影で撮れる時間はせいぜい10分くらいだった。その最大時間をフル使用するテンミニッツテイクを用いて、しかもカットとカットの合間を上手く誤魔化すことで、まるでワンテイクで撮っているような錯覚を生み出すことに成功している。また、多くのサスペンス映画はある状況を証明していくスタイルで描かれるがこの作品は始めから答えが分かっている状態なのだ。殺人犯が、殺した男を部屋のある場所に隠した状態で、殺された男の関係者を集めてパーティをする。その遺体のある場所を観客も知っているため、「いつ見つかるか?」と終始ハラハラドキドキする仕組みとなっている。これほど終始ドキドキした作品は1年に数本観られるか否かである。ヒッチコックの才能を再確認させられた作品でした。

 

7位プラネットテラーin グラインドハウス

 

「スパイキッズ」シリーズのロドリゲス監督もタランティーノ顔負けの作品を作れることを再確認させられた作品でした。7080年代のC級映画を思わせるチープさとヴァイオレンスさにちゃんとグラインドハウス映画を研究していた事を思わせるショットなどただ、遊び半分で作っているのではなく、下地をきちんと踏んでいるところが高評価のポイント。

うちの学校の先生が「型破りは基本的な型を学んでから破らないと、ただの型無しだ」と言っていたが、それは本当であった。C級映画の型を守っているから、作中に携帯電話がでてくるなど70,80年代にないものが出てきても違和感がないのだ。これは指折りに入るゾンビ映画だったな!

8位レニングラード・カウボーイズ・ゴー・アメリカ

 

アキ・カウリスマキと言えば、BGMのロックがメッチャ格好いいイメージがある。

その監督のナイスな音楽感覚が研ぎ澄まされた作品がこれだ。「ブルース・ブラザーズ」を思わせる、スーツにグラサン姿の人たち「レニングラード・カウボーイズ」。彼らにはさらにモヒカンといびつな靴が装備されている。そして彼らが巻き起こす珍道中でのゆるーいギャグに笑い、「born to be wild」やポルカなどに興奮した。ストーリーというストーリーはあまりないけれど、彼らの格好良さに惚れた作品でした。

9位 es

 

これは心理描写の変化を他のゲーム映画以上に繊細に描ききった作品である。

普通、この手のゲーム映画は観客にスリルを味わせる事に特化しすぎてリアリティに欠ける。しかしこの作品はちゃんと実話だという認識を持って作っているためか、観ていて怖くなります。最初は遊び半分だった囚人役・看守役が段々ガチになり始めて、看守は囚人に暴力をふるい、囚人は密告し合いお互いに疑心暗鬼になる。実験においてのヒューマンエラーについても描かれていたのでかなり面白かった。

10位未知への飛行

 

同時期に全く同じ内容の「異常な愛情」が公開された影響で知名度が下がってしまったが、この作品こそ前者より優れていると思う。東日本大震災以降、電力会社のずさんな原発経営が浮き彫りになった。何故、原発がああなったのか?私は「最悪の事態を予期していなかったことにある」と考える。大きな組織ほど、物事を動かすには多くの人を説得しなければならない。だから、面倒臭くて多くの人が実際には事の重大さを知りながら無視してきた。この作品でも言える。ソ連への爆撃命令が出されて、フェイル・セルフを超えてしまったら、爆撃機の乗組員は如何なる命令も受け付けなくなる。では、その命令が誤報でしかもフェイルセルフを超えてしまったらどうなるか?同じくどんな命令も受け付けない。そこで大統領や関係者が打ち出す苦肉の策がまたリアルである。マジョリティを救うためにマイノリティを犠牲にする精神が色濃く表れていた。しかも「博士の異常な愛情」より緊迫感が伝わってきた。これほど怖い作品はあまり味わえないだろう。