自動車教習所日記~3日目~

バンバンガンガン(グッドモーニングアメリカ)

 彼は知るよしもなかった。今日が彼の運命を変えてしまう日であることに。彼の一日は、キューバ音楽で明るくたたき起こされる。錆び付いた体も「ウォンテッド」のようにバリバリバリっとはがれ落ちてゆく。ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブのように不幸も笑って過ごせるようになりたいと彼は切望する。そして夏目漱石の写生文みたいに、不幸をユーモアに変えることができたら素晴らしい。

 詰まるところ、彼のサード・デイはサード・インパクトを迎えたようだ。彼は朝一番に問題集に取り組む。いつも僅差で落ちまくる。効果測定は8割は常識で難なく突破できるが、合格点までの残り2割は心理戦である。微妙なニュアンスをつつくことつつくこと。刹那の言葉の挿入・入れ替えだけで、意味が180度変わることもある。日本語って難しい。そしてこれは国語のテストだねと彼は思い、そして悩まされた。彼の前に立ち憚る問題は「二択問題に弱い」ところである。彼はバイト先でも、よく行こうかいかまいかと悩み選んだ答えが間違っていたことがよくある。そして、学校のテストもいつも二択問題でミスをする。それ故に、彼は中々満点が取れない。得意の数学でもテストのと気になると、Aの方法で行くかBの方法で行くかを迷い、混乱しミスをやらかす。だから彼が数学で満点を取ったときは、映画版「モテキ」のオープニング曲「夜明けのBEAT」の如く踊り狂っていたっけ。

 話を元に戻すとしよう。彼の運動神経はアメトークの運動できない芸人ばりに重傷である。パソコンだって両手打ちのタッチタイピングできず、両人差し指で、水泳のように画面とキーボードを息継ぎしながら打ち込んでいく有様だ。ピアノだって、何故小学生時代の彼は弾けたのか。エンターティナ-を弾けたのかが疑問に思うほど運動神経がない。まず、エンストしまくるんだよねー。頭の中では、教科書を韋編三絶するくらいだから、分かっているのだろうけれど、右左の動作にキレがない。また、彼はチキンだから、女々しく悩むんだろうね。苦渋の選択で選んだ答えが、切り捨て御免間違っているのだ。

 さあ、そんな彼の前に坂ミッションがやってきました。陽気に咲き乱れるサン・フラワーが見守る中彼はマシンを走らせる。手順としてはこうだ。まず、坂の途中で一時停止をしてハンドブレーキをかける。出発する際に、アクセルをふかし、徐々にクラッチを半クラッチ状態にする。すると、エンジン音が変わりマシンが沈む。その時に、クラッチ位置はそのまま固定しておいて、ハンドブレーキを解除。アクセルを強めて、反対にクラッチを外していき進ませるのがミッションである。彼がこの動作を行った際、ハンドブレーキの解除ができないことできないこと。引きながらスイッチを入れて押し倒す動作にギアチェンジすらキレがなく上手く切り替えられない彼にとって至難の業でした。

 エンストばかり起こして、焦燥感と苛立ちが隠せなくなる。しかも、担当員が感覚論で教えているため、理論派希望の彼にとって相性最悪。無機質なものにキレやすい彼は化けの皮がはがされていくのをひた隠しにしながら、普段ならFワードやSワードを使うところをひたすらに我慢していた。というのも、初日に受けた適正テスト。盛って書いても、格好付けだの、情緒不安定、注意力散漫など見抜かれ、なんとか合格している身分なのだ。これがバレたら元も子もない。「グレート・ギャッツビー」のようにペルソナをはがされないように粘らなければならないのだ。ここで発狂するわけにもいかないのだ。「ザ・マスター」のホアキン・フェニックス扮するアル中男のように欺瞞でも良いから笑いで誤魔化さなければならないのである。

 彼は昔からパソコンやスポーツの道具が思い通りに動いてくれないと八つ当たりしていた。バイトでようやく、その最大の欠点を矯正し、「落ち着く」と「笑って誤魔化す」技を身につけたため、今回も抗争なく教習を終えていた。しかし、教官たちには見抜かれているだろう。彼はまだそのことをこのとき知らなかったのである。

 さて、今度はちと明るい話に入るとしよう。彼はデンマーク語を勉強中。デンマーク語はベリー・ハードらしい。D音が読まなかったり、音が変化したりする。例えば「すみません」を表す「Undskyld」は「オンスキュイル」とD音を読まない。しかし、自分の名を名乗るときに使われる「Jeg hedder」は「ヤィ ヘザー」とD音がZ音に変化して読まれる。そして厄介なことにD音で読むことも多々存在する。彼は大学で北欧研究会に所属しており広報担当でもある。Youtube動画投稿マンのMEGWINの暗躍に感化され、彼もYoutubeで動画配信したいなと考えている。そのための企画としてデンマーク語教室を動画配信で開こうと考えているのだ。彼の今後の暗躍に期待しよう。

 ところで、彼の右手にはガングリオンというものが発生しており、彼曰く右手を動かすと違和感が生じるらしい。ガングリオンとは関節付近にできる瘤であり、中にはリンゴジュレのようなものが詰まっている。身体的には無害だが、非常に気になる。注射器でとってもらうのも手としてあるのだが、ガングリオンは再発しやすいとのこと。また、ぶっとい注射器を使うから痛いらしい。Youtubeで摘出の様子を観ると、ガングリオンがマンナンライフの蒟蒻畑のように美味しく見えてしまうところも加わり非常に厄介な存在である。小太り、間違えた瘤取りじいさんのように鬼に瘤をとってもらいたいものだ。さて、今日彼の右手をみるとガングリオンがぺったんこになりかけていた。旅先になると一人旅時代もそうだったが、ガングリオンがバカンスに行ってしまうらしい。完全になくなってない感じがなおたちが悪い。時間があり、知識の広げかたを知る高校生や大学生にこそ自由研究を課すべきだと最近彼は思う。ガングリオンの観察も良い題材であろう。彼がもし自由研究をするなら執筆活動であろう。小学五年生の時にさくらももののエッセイにインスピレーションかき立てられ執筆した「パンの耳」というエッセイに続く第二弾として、この自動車教習所ライフも執筆したいとのこと。そして彼が次にやりたいことは読書感想文である。彼が愛読するアンサイクロペディアには「読書感想文に選ぶと親呼び出しにされる図書一覧」がある。彼はその中の本から選んで読破&執筆をしたいと述べている。彼曰く、高校一年生の時読んで衝撃を受けた「裸のランチ」を再読してケルアックの「オン・ザ・ロード」と組み合わせて感想を書きたい。あるいは未読の本なら「重力の虹」や「ドグラ・マグラ」で感想を書きたいとのこと。

 それにしても意外なことに、三島由紀夫の「不道徳教育講座」や寺山修司の「書を捨てよ、町へ出よう」が落選されているのには驚きだ。どちらもぶっ飛んだ理論を論破していくエッセイだけに先生の反感をくらいそうである(現に前者での、あるエピソードのタイトルが「先生をバカにすべし」だ)。あまり、こういった劇薬ばかり浴びていると「マイ・バック・ページ」に出てくる危ない人のように過激派になってしまう。彼には過激派にならぬよう健闘を祈るとしよう。

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