自動車教習所日記~15日目~

ウォールペーパーミュージックじゃ踊りたくないぜ(グッドモーニングアメリカ)

 気がつけば娑婆の空気を吸える崖っぷちに俺は立っていた。シャバを「娑婆」と書くのを知ったのはつい先日のこと。夏目漱石の「坑夫」を読んで知った。夏目漱石は読みやすい且つヴォキャブラリーを無理せず習得することができる。ということで最近は積極的に読む。「虞美人草」を読み始めた。二人の男が「オー・マイキー」のあの双子のように、揚げ足を取り合い一見仲が悪そうに見えるが、何故か磁石のようにがっちりとくっつき合う。ゲイゲイしい。そして、負のギャグで包まれるのだ。読書とは動画よりも手軽に僅かな隙間時間を埋める術である。バスを待つ15分。映画など観られない。一本10数分のオウム真理教の布教アニメを観ようにも、笑いをこらえるのに必死になる。はたから見たら変人だ。それに肝心なところでバスが来ると、小学生時代の移動教室で観るドラえもんの映画が残り20分ぐらいで目的地に着いてしまい「続きは家で」パターンになるのと等しいぐらいに萎える。と言うことで、読書は小説レベルになると一冊数時間かかるから安心して中断できる。動画を起動させるよりも速くリスタートもできる。だから、私のバッグにはいつも本を忍ばせる。しかし、ついに読む本がなくなったので。kindleに切り替える。実は俺は電子書籍よりも紙媒体の方が好きだ。本の厚み、本の右サイドが積み上がり、左が薄くなるこのこなしている感がたまらないのである。しかも、ボリューミーな小説を楽しめるとなお興奮が高まる。ジョージ・オーウェルの「1984年」やヴィクトル・ユゴーの「レ・ミゼラブル」をこなした時の快感は半端なかった。ただ今は未読本が皆無なのでkindleで我慢する。二葉亭四迷の「浮雲」か「虞美人草」で迷って、読みやすい後者へ逃避。楽しみながら待つ。娑婆に出たら、「重力の虹」を読もうと期待を抱く。無論明日、実技が受かればの話だが。当日発表されるはずのルートが学校の2Fに張り出されているらしい今日こそ写真に収めようと心のTO DO LISTに赤マーカーでエンファサイズする。強調を最上級で言うときに俺は「emphasize」というワードを使う。高校2年生の時に、何度も反芻してやっとのことで覚えた単語である。

 出所が近づくにつれ、俺の脳内でグッドモーニングアメリカの「ウォールペーパーミュージックじゃ踊りたくないぜ」再生されまくる。ウォールペーパーミュージックってよく分からないが、iTunesやYoutubeのように再生できるものを言っているのだろう。画一的に流れる音楽じゃ退屈だ、ライブでこそ熱くなれるんだぜと語っているのだろう。そのことと、マジョリティー社会に屈服している人々へのメッセージが調合され心に10万ボルトを与える音楽となっている。俺も、社会に屈服したくない走りを魅せたい。そう想いにふけていると、目の前のスクリーンでは大災難の集合体が烈火の如く俺の目に降り注がれる。そこで、「あっつ安全運転しよう」と反省する。俺の人生を小説に例えると、20代前半で亡くなるシナリオは考えられない。だから無敵だと思うのだが、やはりここは安全運転。俺は俺であってライアン・ゴズリングではないのだ。別にシューマッハが空港に交通機関を使ってだと飛行機搭乗時間に遅れるからとタクシーで爆走するほどの、緊急度は俺には微分もない。俺には「この支配からの卒業」が大切だ。過酷だった前半に比べ暢気な後半、暢気だからとあぐらをかくと模試で91点と合格点スレスレをたたき出すから安心できないのだ。

 ところで、おじちゃん教官はカリキュラムなどあまり重視しない。特に2段階の授業は教官の気分によって決まる。それ故に、今日の地図を見て目的地に行くミッションはあっさり教官に破棄される。

 「あんなの、無駄だべ、今日は合格祈願に神社に行くべ」

 「へっつ、合格祈願ですか!」

 「んだんだ、山の上さ登ってお参りするさ。震災の時、あそこで多くの人さ生き残ったべ。運気があるべ」

 「あっつありがとうございます。ではお願いします」

と、ふと俺は昨日のことがフラッシュバックする。

 ーあれっつ、降りるところが車の通る路とは思えない奥の細道を通るんじゃね?

悪い予感というものは大抵当たるものである。急で険しい山を登る。元気な少年が横断歩道がないのに平気で横断。その度に冷や汗をかく。でも、気分高揚気味の俺は、ありがとよっ明日の良い予行練習になったぜと感謝を込めそこを通過する。お祈りが済むと、お決まりの如く例の坂を巨雷山(鼠国に存在する山の名前。中国語で書くとこう書く)みたいに激走する。しかし、俺の腕も進歩していた。モナコサーキットを疾走するF1レーサーのようにすり抜けていく。この教官曰く、

 「こんな路で練習した方が上達するべ、無駄なカーブ練習など役に立たん」

とのこと。その後、教官が

 「被災地も見納めだ、もうこねえだろうから巡ろう」

と被災した跡地を巡る旅へと案内された。その言葉に切なさを感じ、「Never say, never again」と言いたくなったが、これまた難易度マックスレベルの狭路&渋滞、車を避けるので必死だったので心の箱にしまうことにした。2番目の教官も同様のハード教官だったが、なんとかこなし一安心。右折時の対向車、カーブ時の歩行者に気をつけようときちんと心のTO DOもこなして帰路につくのだった。

 ところで、女性の行動力は凄まじい。女性は積極的に見知らぬ男子にナチュラルに話をかけることに長けていると思う。というのも、俺が明日の卒業検定コースを写真に収めていることを目撃したであろうか、女子が俺にメールで送って欲しいと要求してきたのだ。しかも、その流れ、連係プレイが凄い。いつも俺と相棒はバスの出口に近いところに座っているから、必然とホテルのルームキーをゲットするのは俺らだ。それ故に、普通に後に続いて鍵を取ろうとすると、俺らが先にエレベーターで部屋に向かってしまう恐れがある。だから彼女たちは、鍵を受け取る係とエレベーターに先回りして俺を引き留める係に分かれて行動。見事、俺を引き留めるのに成功した。近代文明は進歩したものである。いちいち長いメアドを入力したり、赤外線のあるなしで騒動になることもなく「LINE」で繋がることができるのだ。携帯電話、スマートフォンのタイプが苦手な俺も短いIDを入力することで相手をスムーズに発見することができるのである。そして、写真を送信した。しかし、急いで撮った写真はピントがあまり合っておらず、ぼやけていた。そこで私の愛用するプリントスクリーン機能を使ってパソコンにて詳しいルートを作成して配布する。残念ながら、コミュニケーション取るためのアクションを取ることは一歩手前で躊躇してやめてしまった。そのあと観た「ボーイズ・オン・ザ・ラン」の主人公と自分が同類だと突きつけられて残念に思う。

 社交は難しいなり。明日は車交を見るなり。