「最後のマイ・ウェイ」:Bunkamura ル・シネマにて

強引に「マイ・ウェイ」を突き進んだ好色一代男

「最後のマイ・ウェイ」:評価65

監督:フローラン・エミリオ・シリ 出演:ジェレミー・レニエ、モニカ・スカッティーニetc

 

 予告編を観ると、フランク・シナトラと密接に絡んでいるようにみえるが、これは「フランク・シナトラの『マイ・ウェイ』はクロード・フランソワが作ったんだぜ!アメリカの曲じゃない。フランスの曲だぜ」と猛アピールする作品である。そして、好色一代男ばりに女たらしなクロードがいかにスキャンダルを隠蔽・利用して大物になれたかの遍歴を綴る伝記ものである。

 クロード・フランソワって誰それと思うかもしれないが、曲を聴くとどっかで聴いたことを思い出すであろう。そんな彼は、図々しい売り込み戦略で見事マネージャーを備え、芸能界デビューする。たばこや酒、賭博を徹底的にコントロール。自分が他人に対してはいた暴言は、金でもって和解する。女は都合が悪くなったら、捨てる。栄光とは裏腹にゲスな戦術を実行しまくる彼に段々不信感が募るであろう。しかし、よくよく考えてみると芸能界を生き残る方法としては正論なのかもしれない。今は引退した某司会者は、金や女に汚くヤクザとも関わっていたが、抜群の組織力で芸人たちを彼の傘下におさめ綺麗さを装っていた。芸能界は金と組織力で動くディープな世界なのである。付和雷同しているんじゃたちまち時代に飲み込まれてしまう。芸能界を生き残るためには、どんな手を使っても「マイ・ウェイ」を貫くことが大切なのだ。フランス人としては背が低く、精神不安定なクロード・フランソワ。しかし、自分の弱点と向き合いどうすれば「マイ・ウェイ」を突き進むことができるのかと考える戦略は尊敬すべきである。井原西鶴の「好色一代男」も一見、おんなたらしの話だが、老人になるまで自分の趣味を飽くことなく歩み通した世之介の精神は見習うべきだ。このように人生とは他人を使って「マイ・ウェイ」を切り開くものだと教えてくれる作品でした。

 さて、この作品の映像面を分析してみるとしよう。ル・シネマで観たヴァージョンはフィルムだった。フィルムの粗さと映画の美しい陽光がマッチしていて、伝記映画としては味が出ていた。特にモノクロに変わるシーンでは、このザラザラ感が見事映像と融合していてよかった。デジタル時代に移り変わろうとする今だが、やはりフィルムのザラザラ感も映画には必要だなと感じた。映像の雰囲気は良かったのだが、この映画最大の失態として「映像編集の雑さ」が挙げられる。映像は荒くても「味」に変わるため、どうってことないのだが、編集の粗さは観客に違和感を与える。笑っているシーンからいきなり泣き崩れるシーンに変わるみたいなシーンがあまりにも多い。確かにクロード・フランソワは情緒不安定だから、物語を急変させてもいいのかもしれないが、あそこまで極端だとまるでドラッグ中毒者(彼はドラッグ中毒者ではなかった)だ。やはり、制作国もフランスなのだから、リエゾンをきちんと組んで欲しかった。