「風立ちぬ」:TOHOシネマズスカラ座にて

庵野と堀越シンクロ率0% 駿は200%

「風立ちぬ」:評価60

監督:宮崎駿 出演:庵野秀明、瀧本美織、西島秀俊etc...

 

 日本のロリータ文化の先駆者・宮崎駿が引退宣言を発表。その時点で、まだ未観だったのだが、この作品を観ると本当に遺作にする気満々の全力投球さがにじみ出てくる。そして、いかに彼が戦略家だったかがよくわかる作品である。興行集積100億円を突破したのにも彼の思惑があってこそだと思われる。

 なんたって、ストーリーで考えると「君の名は」とか「また逢う日まで」を彷彿させるクラッシックなメロドラに過ぎないのだ。。もし、映像がモノクロでフィルム撮影された実写によって「風立ちぬ」を表現したらあまりの古くささに人の動員は見込めないだろう。それこそ、ギンレイホールやフィルムセンターで上映しやがれという話になる。でも現実に人が大勢入り、皆が号泣する社会現象になっている。「君の名は」でマチコ巻きを皆がするぐらいの影響力を持っている。では、何故そのような古くさい話がオオウケできたのか?

 私は「コクリコ坂から」でデモンストレーションを行ったからであろうと考える。あの話も昭和チックで古くさい話である。そんな話を駿の部下である吾朗に作らせ、見事その年の興行集積1位(約45億円)をたたき出した。宮崎駿は、「綺麗なアニメ映像を使えば古風な話でも十分稼げるぞ」と味を占め、ついに監督自ら古風な話題を監督したのであろう。ロー・リスク、ハイ・リターンである。

 さて映画監督の巨匠は人生の終わりを観たとき、戦争映画を持てる技術をフル活用し、自分を越えることで、アヴァンギャルドな作風が生む傾向がある。昨年公開された大林宣彦の「この空の花 長岡花火物語」では、戦時中の少女と現代の学生が時空を越えて結ばれる様子を切り絵のような背景の上で演出。もはや劇中劇なのか、戦場なのか分からぬカオスな演出がなされていた。「風立ちぬ」では、さすが大林級のアヴァンギャルドさはないにせよ、黒澤明の「夢」に匹敵する斬新さはあった。

 まず、冒頭30分で繰り広げられる主人公の回想と東京大震災のシーン。必要な音だけを抽出し、無音を目指す描写や、主人公の夢と現実を彷徨う描写を巧みに操ることで浮遊感を演出。この作品の裏テーマである「美しい記憶だけを懐古」をテクニカルに表現していた。

 また宮崎駿は文学少年でもあるため、映像世界において言語を入り乱れさせる手法に挑戦。いきなりドイツ語やイタリア語、片言日本語、2カ国語同時といったものを編み物するが如く交差させていく。慣れてない人には疑問であろう箇所だが、駿がいかに文学好きだったかを表すショットとしては非常に面白いところである(ちなみに、「崖の上のポニョ」の主人公・宗介は夏目漱石の「門」に登場する主人公から抜き出している)。

 さて、そうこうじっくり凝視していくとある事に気がついてくる。それは「酷い内容をカモフラージュしまくっているな」と。というのも、まず実在の人物を混ぜすぎである。零戦を作った堀越二郎の人生と、運命の女と出会うものの結核でカノジョが死亡。その様子を小説でまとめた堀辰雄の人生を融合させすぎである。そもそも実在の人物と人物を混ぜることは、両者のいいとこ取りをすることに等しく非常にせこい手法だ。そしてタイトルの「風立ちぬ」もいいとこどりだ。なんたって原作を読むと分かるが、結核を患うカノジョをサナトリウムに送り込む描写しか踏襲していないのである。原作において主人公はサナトリウムに赴きカノジョにつきそっていた。しかし、ここでは飛行機作りに熱中する男がカノジョをエゴ任せで扱っているのである。サナトリウムに行ってカノジョに付き添わないし、しまいには彼女の前でたばこをふかし、片手でカノジョを触りつつ仕事に打ち込むのである。カノジョは優しい人だから何の苦言を呈してはいないが、男の願望を描いているその描写は現実世界において破局レベルである。「ワタシとシゴト、どっちがいいの!」と罵声を浴びせられるに違いない。また、主人公の声を担当するエヴァンゲリオン監督(庵野秀明)の演技が大根過ぎるから滑稽度が増す。50代にもなるおじちゃんが若者の声を棒読み、苦し紛れの演技読みをすることにより違和感の震災が巻き起こる。故にカノジョとの切ないシーンが迫力なきにつき、コメディと化す。そうか、やっぱり駿の妄想劇か。人生の終焉に、ロリータからレディにアフェアするためにはリアルな声はいらないのか。「夢」で終わらせたい(これをHAYAO DREAMと名付けよう)のかと思うほどのミスキャストと言えよう。

 そんな酷い作品だが、随所観られるアニメーター殺しの細かい描写(いきなり印象派の絵画に似たタッチになるのが肝)、「アルマゲドン」で流れるエアロスミスの「I don't want to miss a thing」級に反則技であるユーミンの「ひこうき雲」挿入等で誤魔化しきり、興行集積もばっちり奪取する駿の経営テクニックはやはり尊敬すべきところである。レトロもんだって半世紀後においても十分稼げるぞと証明した怪物は果たして、本当に引退するのだろうか?黒澤明みたいにあと数本作ってしまうのでは、ヴェネチア映画祭で何かしらの賞を獲るための確信犯だったのではと思うところはあるがひとまず彼を信じよう。ロリコンからレディー派に躍進したしね。あれっ?味占めちゃったwwセカンド・レディー・アフェア・フィルムいっちゃう?