「ポルトガル、ここに誕生す ギマランイス歴史地区」:イメージフォーラムにて

J'ai J'ai J'ai(じぇじぇじぇ)、監督は持てるもので未開をとる

「ポルトガル、ここに誕生す ギマランイス歴史地区」:総合評価70点

監督:アキ・カウリスマキ、ペドロ・コスタ、ヴィクトル・エリセ、マノエル・デ・オリべイラ 

 

 ヨーロッパを代表する4人の大御所が描くオムニバス映画。ポルトガルの「ギマランイス」という地域でどういった映画を撮れるかをテーマとしているため、実験映画要素が非常に高い。そして4人のアンサンブルが、物語→ファンタジー→ドキュメンタリー→セミドキュメンタリーの順になっていて、3話目よりも4話目の方がリアリティがあることから、まるで段々ギマランイスとの溝が埋まっていき親近感を覚えるような作りになっている。3つ目が、この手のオムニバス映画としては珍しいドキュメンタリー映画を挟んでいるところにオムニバス映画としての腕前を感じた。さて一つ一つ解説するとしよう。

 

 「バーテンダー」:アキカウリスマキ監督、評価80点

 トップバッターは哀愁ロック映画の巨匠アキ監督の一本だ。彼の作品は、夏目漱石小説が面白いように哀愁の使い方が上手い。今回は、閑古鳥なカフェを営む店員の客寄せ奮闘記である。向かいの店との対比が面白い。ちゃんと手入れすれば、トルコ石柄の壁紙がアクセントとなりオシャレカフェとして繁盛するのに小汚い。店前黒板に表示してあるメニューは「スープ 1.80€」だけである。あまりに閑古鳥過ぎて、彼の脳内で客を生み出す。そして商売の仕方もせこいから余計に客は来ない。ただ、こんな寂しい話を淡々と描いたら退屈な作品で終わってしまうが、そこをポルトガルの演歌(?)を用いることでインパクトを与えるのである。店員はほどんど話さない。彼の心情を曲に託す。「オイディプス王」みたいな昔の芝居っぽい手法を使うところに、監督はギマランイスは歴史地区だということを含ませたのであろうと感じた。

 

 「スウィート・エクソシスト」:ペドロ・コスタ監督、評価85点

 生と死を分ける運命のエレベーターで、一人の男が軍人銅像と論争を繰り広げる話。冒頭の謎の描写がこの作品を読み解く鍵であると感じた。おびえる少年たち。段々、恐ろしい狼のようなカラスのような叫び声が強くなる。そして真っ赤なバイクが登場する。おそらく人は動物や自然に対する恐怖から、機械を操る人に対する恐怖へとレベルアップしたことを隠喩しているのではと思う。なぜなら、エレベーターに乗る主人公は銃を持つ男の銅像に恐怖を抱いているからである。銅像はテレパシーで主人公に懺悔をするよう求める。死んだ人の嘆きに主人公はおびえる。その様子はまるでダンテの神曲のようである。昔の人は刀や石で動物を殺すいわば直接殺傷をしているので相手の死に対する精神的苦痛を伴うが、今は銃や無人機の発明でいとも簡単に人を殺せてしまう。自分が知らず知らずのうちに人を傷つけていることを懺悔させる映画なのであろう。冒頭の少年がおびえる描写は、おそろしい兵器に対するものであった。非常に奥深い一本でした。

 

 「割れたガラス」:ヴィクトル・エリセ監督、評価60点

 ヴィクトル・エリセ監督と言えば、「ミツバチのささやき」を瀕死になりながら観た記憶がある。当時高校1年の私には理解しがたい作品であった。さてそんなトラウマへのリベンジマッチ。といってもドキュメンタリーだ。産業革命以後、大量生産・大量消費の時代へと移り変わる代償として多くの労働者が劣悪な環境で酷使された。今となっては、アジアの国々がその状況の渦中にいるが、ギマランイスにもそういう時代があったんだよと訴える作品である。ん~王兵監督の「鉄西区」を観てしまった私には、視覚に訴えかける描写がほしかった。「鉄西区」は語らないで工場の寂れが街の寂れに繋がってしまっていることを表現していた。この作品でのインタビューシーンを観ると、「結局はあの劣悪な環境も思い出として残っているんだから、最悪な工場とは言いがたい」と誤認されかねないところがいくつかある。やはり、劣悪な環境を観客に伝えるにはニヤニヤしながら答えさせてはいけないと感じた。これじゃあ、「ライ麦畑でつかまえて」だよね。

 

 「征服者、征服さる」:マノエル・デ・オリベイラ監督、評価80点

 現役で映画を撮る監督の中で最高齢のマノエルさんによる作品。