「エレニの帰郷」:第26回東京国際映画祭にて

エレニがいっぱい、テオの1敗

「エレニの帰郷」:評価90
監督:テオ・アンゲロプロス 出演:ウィレム・デフォー、ブルーノ・ガンツetc

 

 凄まじい映像美と長回しで人々を魅了したギリシャ映画を代表とする巨匠テオ・アンゲロプロスが自分の手で作り上げた最後の作品。なんで自動車事故で亡くなるんだよと数年前の僕は哀しみ、この映画の公開を、首をなが~くして待った。そして、ついに姿を見せてくれた。映画監督は自分の死を意識すると今までの技術を総動員して、尚且つ越えようとする。例えば昨年衝撃を与えた大林宣彦の「この空の花~長岡花火物語~」では、旧来のファンタジー要素、ロリ要素はそのままで、「理由」の常時語り続ける手法、「転校生」のドキュメンタリータッチなどを含ませつつ、切り絵調の映像編集やとにかく挿入しまくる字幕という新しい技を開発全力で描ききっていた。宮崎駿も本当に引退するんだなと思わせる「風立ちぬ」を制作。文芸ものを宮崎タッチで見やすいスタイルにするのはもちろん、文学少年だった彼の集大成である多ヶ国語乱射技法を取り入れていた。

 では、テオは自分の死期に何を見いだすのか?まずは人生の復習だ。「旅芸人の記録」で演出したギリシャ史の壮大な出来事を圧縮、一つの旅芸人団体の生活に圧縮、長回しパンでもって描く技法を取り入れる。3つのグループに圧縮する。そして、「シテール島の船出」で使用した映画部分と現実のリンキング、「時を駆けるおっさん」をここで再現する。そして、「霧の中の風景」で磨いた集団を使った芸術も魅せる。では、彼が越えた点は何か?それは、「歴史」である。今までは、近代的な物を極限まで減らしていた。せいぜい車や銃が限界であろう。「シテール島の船出」だって、気がついたら映画の世界なんだもん。しかし、今回は「過去」「現在」「未来」をテーマにしているため、「映画館」や「チネチッタ(イタリアを代表とする映画撮影所)」等テクノロジーが集まるところをバンバン撮っているのである。それによって、「現在」から社会主義時代の抑圧された「過去」をどう描くか、あるいは「過去」の人が「現在」まで生き延びたが、もうすでに死期迫っており「未来」がない状況を力強く物語っていると言えよう。また、テオの作品は主に国境を越えることをテーマにしているが、この作品は「国境」「時」「現実」を「シテール島の船出」よりもアクティブに動くことでテオ自信の人生を整理していると捉えられる。

 テオは自分と世界の歴史を懐古する術として「エレニ」を使用したのだ。彼女は実態がありそうでないような存在である。何人も出てくるエレニは恐らく「愛の象徴」であろう。カノジョはしかり「映画」に対する愛が「エレニ」という人物に反映されている。そしてこれらのために生きにくい時代を歩み続ける男はまさにテオ自身だと言えよう。

 本当に感動した、三部作の二作目で人生を終えてしまったテオだが、ラストの作品にふさわしい「人生の賛歌」を贈りたくなる作品でした。