「25万で欧州を放浪した高校生(仮)」

一日目 KOYOI、サウジに触れる

 「445日」

 これは、僕が一人旅をしてから経過した月日である。目の前の板には何度トライしたことであろう「旅行記」と書かれたWordファイルが僕と対峙する。真剣に本を書くのは無人島で生活するのに匹敵するぐらい根気がいる。三島由紀夫だって小説を書くときはダムを造るぐらい大変だと言っているのだから、本つくりはいばら道と言えよう。つまりグリーンハウスでは本は作れない。さて、色あせていく僕の旅路をなんとしても立派な本にするべく、右に島田雅彦著「小説作法ABC」と携え、ジャック・ケルアックのように言葉を乱舞することにした。ブログに書くことで、自分を背水の陣に追いやることができよう。そしてあの暗い顔で、空も暗い顔で、そして、気分までもが暗い顔のまま空港に向かった時が目の前で展開されるのだ...

 AM6:00
 実感など湧くはずがなかった。しがない高校生が、25日間も一人旅をするとは。故に顔は青々としていた。天気はグレーに染まっとる。マイケル・サンデルの白熱教室を観て勇気づけられるも、メルシーやシルヴプレ程度のフランス語しか話せない私にはFUANしかなかった。

 そんな私であったが、空港につくと地の底にあった気持ちがふわふわとテイクオフする。空港はパワースポットらしい。どうも私は昔から空港が好きだ。綺麗で、あんなにヒューマンがいようと広い地を占拠している感じが私を高揚させる。アメ横のようなヒューマンストリームを唯一キャンセルできる地なのだ。そして長い検閲を抜け国外脱出、時折国内飛躍するまでの時間を秘かな愉しみとしている。あの広い大地を、鉄の塊が空を舞う。その鉄に運ばれるなんてユニークだ。ユニークで塗り固められ、ユニークを求める僕の約束の地が空港だったのである。日本語スタッフのいる空港での手続きが想像以上に迅速かつ簡単に済ませられたからであろうか。「これから私は本当に飛びだつのだなあ」とようやく目の前の出来事を理解し始めた。そして、クアラルンプール行の飛行機を待つ今から懐古すると1時間の刹那に、私はボン・ジョヴィの「Livin' On A Prayer」を頭に流し込んで涙するのだった。

 パリまでの道のりは映画好き以外長く感じるであろう。映画好きは映画を数本鑑賞することで気が付けば異国だ。この旅は目的地まで遠い。経費削減のためトランジット方法を使うのだが、まずクアラルンプール国際空港まで約6時間かけて向かう。そして同じ時間かけてトランジット。そして、ようやく半日さらにかけてシャルル・ド・ゴール空港にたどり着くのである。

 さて、マレーシアまで寝だめした私は元気100倍マンである。太陽が透明な板を貫通し恍惚と演出される星形のこの鉄飛ぶ街を冒険してみる。なんたって6時間も暇つぶししないといけないのだ。今となってはバイトをしているから、6時間の経過は早く感じるが、当時の6時間はめまいがしそうなぐらい遠い時間である。空港常設の植物園に興奮しつつ、初めてのクレジットカードを使う場を考えていた。クレジットカードが本当に使えるのか今でも不安に思うぐらいだから、当時の私にしてみたら清水の舞台から飛び降りるようなものであったろう。さて問題、私は初クレジットカードをどこで使ったでしょう?

 このことは後ほど語るとして、実はクアラルンプール国際空港のWi-Fiは3時間しか無料で使うことができない。さらに19時過ぎると多くの店が閉まり、空港内照明も消されてしまうのだ。故に、私は暗闇に染まりパーソン一人っこいないマレーシアを彷徨う羽目になる。夏休みの宿題として学校から出されている課題図書「太陽の子」を読破してしまい、自前のポータブルDVDプレーヤーで再生した新藤兼人の「原爆の子」を観終えてしまい、ジャパニーズ夏の風物詩を十分堪能、追悼し飽きた。まだ3時間ある。ヌリエンフェ(なにもすることがない)な私は孤独の渦中にいた。自分は一匹狼だと思っていたが、実はそんなことはない。人は根に人を欲しているようだ。SNSの爆発的発達もこの人間の欲望が関わっているのだろう。走馬灯が駆け巡る。小学生の時、短期ボーイスカウトで蛙飛び込む水の音、滝ダイブした僕。かまくらを陥落させてしまった記憶、そしてさっきクレジットカードをドキドキで使ったバーガーキングのハンバーガーの味などなどが脳内再生されたのである。

 すると突然、暗暗とした長い通路をモーゼが水をかきわけるように出現し、僕に語り掛けた。モーゼとはサウジアラビア人だ。僕が命名した。

-Where are you from?(お主、どこの人間だ?)

 モーゼはかく語りき。

-I'm from Japan. I live in Tokyo.(俺は日本出身で、東京に住んどる)

-I'm from Saudi Arabia.(わしはサウジアラビアじゃ)

-Ah, oil! strong!(あぁ!オイル!強い!)

しょぼい英語で答える僕を彼は優しい眼差しで見つめる。そしておもむろにモーゼは自分のポケットに手を突っ込む。銃か?シガレットか?僕の心持ちは穏やかではない。緊張ほとばしる刹那に緑の書物が登場。

-This is my passport. It's unique, aren't you?(これ、わしのパスポートユニークじゃろ)

と彼はアラビア文字で描かれた中東の魂が込められたその書物を私に渡してきた。これは、リアクションが必要だ。私の頭の中にRPGゲームの戦闘シーンが浮かぶ。「戦う」「道具」「逃げる」「ステータス」。「ステータス」を押す。マイメンタルがエマージェンシーコール、悲鳴をあげている。「逃げる」を押そうとした私だが、「道具」を見てみる。ポータブルDVDプレーヤー、バーガーキングのレシート、文庫本などなど無用の産物が並ぶ中の「マイパスポート」。渡すのはまずいから見せびらかしてみた。そして「攻撃」コマンドから「ほめる」を選択。様子を覗ってみた...

-Your passport is very cool. This is my passport. This is Japanese character!

(あんたのパスポートめっちゃかっこいいぜ。これは俺のパスポートだ、漢字だぜ!)

 そうこうしているうちに、中国人が出現。

-Is here going to Sydney? (ここ、シドニー行きますか?)

モーゼはシドニーに行くらしい。でも、ふと疑問に思う。僕の搭乗券ではここが乗り場だ。彼らの搭乗時間と若干。表示を見てもよくわからない。搭乗10分前なのに、ここにいるのは モーゼと中国人だけだ。モーゼが焦燥し始める私を見かねて、

-Do you board this?(これに乗るのか?)

-No, I want to board to Paris...(いや、パリに行きたいのだが...)

-It's over there hurry, no time!(あっちだ!時間ねえぞ!急げ!)

 僕はモーゼに感謝しゲームオーバーすれすれでパリ行の飛行機に乗る。一人旅とは孤独だが人に助けられて、温もりを感じるものだと痛感させられマレーシアにバイバイしたのだった。エキゾチックな一期一会、これこそが僕が沢木耕太郎著「深夜特急」を読んで一番憧れたとこだ。その憧れが自分の体を通り抜けていたことに、搭乗してから気が付いた。

 

PM10:40 2012年7月24日火曜日は幕を閉じた。