「25万で欧州を放浪した高校生(仮)」

七日目 高校生スーパーに封印されるの巻

 さて、ここまで読んだ読者は疑問に思うだろう。高校生がなぜ、一人旅を。受験はないのか?金はどうしたのか、エムさんとは誰か等々。

 事の発端は、高校一年生の時だ。学校の先生に就職の厳しい実態を突き付けられた。当時の僕はコンプレックスをプラスに変えられずマイナスにしか受け止めていなかった。身長、滑舌、キャリア等々。思春期のコンプレックスは時として、起爆剤になる。中学2年生の時に無趣味で英語の時間に恥をかいた。外国人先生に趣味を訊かれたが、何も持ち合わせてない僕は何も言えず立ちすくんだ「恥」。これがきっかけで映画鑑賞を趣味にしようと、和洋折衷古今東西年600本近く観た。その時の熱は高校生になっても続いていて、先ほどのケースに遭遇した時、瞬時に「このままエスカレーター式に大学に行ってもいいのだろうか?学力では絶対に劣るだろう。他の学校の生徒同様、部活と勉強を繰り返す毎日を送ってていいのだろうか?この高校だからできることはなんだろうか?」とプログラミングのように脳内に書き出されていく。

 そして、心のTO DO LISTに高校時代のスケジュールが形成されていった。

 

~TO DO LIST~

高校1年生、とりあえず体育会系部活の合宿を体験する

高校2年生で留学する

高校3年生で一人旅をする

 

 部活で僕の人生は終えたくなかった。確かに、中学時代卓上に整列された歩兵の下でモンハンをやりあった囲碁将棋部の非生産的活動に嫌気がさし、高校では陸上部に入ったが、インターハイを目指す気は起きなかった。というか、陸上部しか僕に見合った体育会系部活がなかったから入ったのであってやる気は決してある方ではなかった。キャリアクリエーション上、スポーツのベクトルを育成したかっただけなのだ。もちろん、部活をしていくうちに陸上の良さに気づかされる。先入観は基本上書き保存で書き換えるものだ。高校2年生の時にはハーフマラソンを90分ぐらいで走れるようになっていた。残念ながら学校の一周約100mのランニング走路を210周した一回のみの計測だから実力とは言えないが。そして、その有り余る体力で高校2年生の時にアメリカに短期留学した。世界は広い。視野が広がった。そして、その頃から社会人になり自由を奪われるまでのタイムリミットを意識し始め、一人旅をしよう。シャバにいる間に自分のやりたいと思ったことは全部しようと心に決める。そこで、SNSやgmailという近代兵器を駆使して自分の人生で出会った知り合いをあたって居候先を確保していったのだ。実はこの旅行中、とある娘連れのパパさんがアジアから世界一周を目指していることをFacebookで知る。あれっフランスに近づいているんじゃね?と感じ、孤独を感じていた僕はメッセージを送ってくれた。すると応援メッセージが返ってきた。旅行仲間って熱くて、面白くって好きだ。この時から、旅行好きをチェックするようになった。話は反れたが、2012年に入ってギリシャの債務危機等によるユーロ危機がピークを迎え1ユーロ90円台を叩き出す奇跡に出くわす。これは旅立つしかないと思った僕は、高校最後の陸上部合宿を潰して飛びだった。結果として飛行機代や活動費合わせてると下記の通りになり、タイトル通り25万で欧州を放浪した高校生になったのである。

 

飛行機代125,770円

カード使用分65,357円

現金52,155円

計24,3282円

 私をミニチュアの世界に連れてってと僕が昨日、迷って行けなかったミニチュア&映画装飾博物館に導かれる。C-3POが迎えてくれるぜ。僕もC-3POになりきる。なんか照れたビーズっぽくなる。ここでは、シルバニアファミリーの世界をもっと精巧に作ったような空間と映画のメーキャップ技術披露の場となっている。ミニチュアよりもそうそうに映画の世界に釘付けになる。「ラスト・アクション・ヒーロー」のダニー少年と同類である。この映画でシュワちゃんが

-World is made you any!(世界は作るもんだよ)

と言っていたが、まさに映画の世界は作るもの。モンスターや人体模型が精巧に作られていて、今にも動き出しそうだった。

ふとR指定の暖簾を見つける。別にアダルトビデオがあるわけではない。あのピンクの暖簾ではないようだ。入ってみると、目を覆うグロテスクなものが陳列されていた。人体損壊...映画で観ると一瞬だから我慢できるが何十秒も凝視すると気持ち悪くなる。あっさり退出し、今度はミニチュアの世界に惚れ惚れとするのだった。

 先ほどのグロテスクなメーキャップに気持ち悪くなったのか腹を壊す。昨日のパエリアにあたったのかなと疑惑をかけると悪化の一途をたどる。こういったときは平静を保つと良い。エム氏に連れて行ってもらったモロッコ流カフェでミントティーを味わう。隣のフランス人は陽気にドミノをしている。水パイプも置いてあって、甘い独特な香りが漂う。映画「裸のランチ」の世界観がそこに広がっていた。まあ、本当のドラッグが匂いから危険だってことは1年後にわかるのだが。オランダに行ったとき、コーヒーショップという合法ドラッグ販売店から漂う甘くエキゾチックな香り。身の危険を感じるほどの中毒性ある香りとこの店の香りが似ていることにこのタイピスト、つまり「私」は気づかされた。

 ストマッケー(腹痛)をエキゾチックミントティーで鎮圧した僕は、エムさんと別れるやすぐさまジェラート屋でカシスソルベを頂く。腹痛って治った時の快感が、鳥になって空を羽ばたくように爽快である。1.80ユーロで味わう、下ではじけるベリーの感触、コーンのバリバリとした音に天国を見出すのだ。さて、駅の反対側をずっと行くとショッピングセンターがあるみたいだ。行ってみようという気にさせる。

 ペラーシュ駅から南へ行くとショッピングセンターがあって、調子に乗ってスーパーに入る。実は海外のスーパーはトラウマがあって、アメリカ留学時にリュック背負ってスーパーに入ったら「リュックを預けろ」と中国系アメリカ人に言われてしまい、なぜ預けなきゃいけないのか疑問に思った僕は論争したのだ。それ以来、海外ではリュックでスーパーに入らぬようにしている。

 さて、フランスのスーパーでは一度入ったら何かを買うまで出られないシステムらしい。ゲートが無購買者をせき止めている。そこで、特に買うものもなかった私だったが、リヨンからパリに帰る途中で食べるサンドウィッチを買うことにした。そして、日本では例えば535円で買い物をしたら1035円で払って500円のお釣りといった硬貨が少なくなるような支払いをするが、フランスではどうも違うようだ3.24ユーロの買い物で10.24ユーロ出そうとしたら怒られ、硬貨を突き返された。硬貨は確かに0.24ユーロあるのにだ。フランス人女性は怖い。冷酷だと思った。そして、スーパーで閉じ込められた私はなんとか脱出し、リヨンを去った。あばよリヨン。