「25万で欧州を放浪した高校生(仮)」

十五日目 オリンピック、ここにあり

 祭りの大都市を車で飛び回ることは不可能である。人ですら、例えば三社祭、人と人との狭間を縫って歩くことは困難だ。ヒューマン・ストリームを見ると逆らいたくなる僕でも従わざるおえない。ましてや隅田川の花火大会時に隅田川にかかる橋を渡ろうなんて無謀だ。行くも引くも出来ない出口なき満員電車には恐怖すら感じる。僕はテレビの見物で良いのだ。さて何故この話をしたかというと、オリンピックシーズンの渋滞は半端ないってことが言いたかったからだ。ヒューマン・ストリームは弾幕シューティングゲームのように華麗に狭間と狭間を、岩の分け目を縫い泳ぐうなぎのように抜けることができる。しかし、トラフィックジャムに関してはそうはいかない。エヌさん家愛用のフォルクスワーゲンが赤き壁ロンドンバスに包囲される。駐車スペースは「オリンピック関係者以外駐車禁止」のマークがそびえ立つ。路頭に迷うが、迷っていると進路も退路もふさがれる。そう、ロンドン市内入ったときからエクストリーム駐車イベントは始まっていたのだ。オリンピックを見たいと仰るエヌさん。旦那さんはあまりのトラフィックジャムにうんざりしている。後ろに座る3兄弟も痺れを切らしそうになっている。見つかってくれと祈ることが今回の僕の務めだ。僕の祈りは8割方実現するらしい。無事に見つかりました。しかも比較的トライアスロン会場が近いところで。

 公園には沢山の応援団がいた。ぐわっぐわっぐわっと鴨さんも観戦中である。いや、違う。少年たちによるリアル鬼ごっこの選手でした。頑張れ鴨さん、逃げろ鴨さん!間違えた、そんな戯れを観にここに来たのではない。人生初の生オリンピック観戦だ。トライアスロン。熱かった!なんたってスイム1.5km、チャリンコ40kmをこなした後にラン10km走るのだが、ランの1kmタイム皆3分ペースなのだ。1km3分ペースとは、箱根駅伝に出られるレベル。そもそも、元陸上部長距離担当だった僕が1kmだけ参戦しても瞬殺されるスピードなのだ。ランナーまでのディスタンスは遠かったけれど、ランナーソウルまでのディスタンスは近かった。

 バッキンガム宮殿やビッグベン周辺を歩いていて思ったのだが、この国は美人が多い。オットリ系美人と言えよう。フランスの冷酷な女性に慣れきっていた僕はここに来て衝撃を受けた。四方八方美しい女性なのだ。今の私はデンマーク女性とイギリス女性どちらが最強か悩む。前者はチャラい系美人だ。スレンダーで美しく、これまた優しい。飛行機でフォーリンラヴしてしまったしね。しかも、ノリがいいから声をかけると優しく微笑む。日本語ちょっとしっていたら、使ってくるしね。もちろん、どこかの国のような詐欺師ではない。コーヒーを客にこぼしてしまったら、てへぺろで謝る。日本的接客だったら土下座ものだが、土下座を越える謝罪術を彼女たちは身につけていたのである。一方後者は旅行客がいっぱい居るところにばっか行き、尚且つ滞在時間も短かったためイギリス女性の美しさの真髄を観ることなく事終えてしまったため勝負以前の話だが、なんと言ってもトライアスロン会場の女性警備員は1年たった今でも覚えているほどの美貌だった。オーラが凄まじい。容姿は綺麗でも内面の汚さってどうしても滲み出てしまう。それをどう加工していくかが多くの人の課題なんだろうけれど(もちろん僕もタランティーノや園子温を意識して絶賛加工中)、この女性からは悪を知らないかのような潔白な光を放っているのだ。出会いは刹那だったが、彼女が僕に囁いたハ~イという挨拶は僕の人生の刺青と化した。もちろん、イギリスの女学生や博物館員など見所も多いぜ。おっお色気の話はココまでにしよう、ア・シュイヴル(つづく)。

 聖地...広辞苑を繰ると、「神聖な土地。神・仏・聖人などに関係のある土地。」と記述されている。要するに、自分が愛している者ゆかりの地を指す単語であり、毎年多くの人が神社や寺を訪れる。イェルサレムなんか凄いらしいね。でも、日本で言う「聖地」は違った意味を持つ。アニメオタクが好きなアニメの舞台を示すらしい。嘆きの壁に全力で行って拝むように、オタクたちは聖地を目指すのである。僕は映画オタクと言いたいところだが、今回はアニメオタクと言えよう「映画 けいおん!」で、少女が野外ライブを行った場所を見るしか!ロンドンアイの麓に広がる公園。おそらく、ここで彼女らは「ごはんはおかず」というシュールな曲を歌ったのだろう。劇中では野外ライブという設定のため、何もなかったが、僕の記憶が正しければまさにココである。ノーマル公園。でも聖地に来ると達成感がある。イェルサレムを訪れて全力でお祈りする民の気持ちが分かった。文化的和解をした瞬間であった。

  ロンドンは寒い。そして雲雲しい。とにかく暗いのだ。でもフランスに比べて温もりを感じる。電灯の光がロマンチックで恍惚としているからだろうか?いや、恍惚ロマンチックランプはパリにもあったぞ。街の人が優しかったのだ。そして、ホストファミリーの温もりも加味されたからであろう。というのも、私の家族はどこかバラバラ。食事中も皆手元の液晶画面をいじっている状態。旅行も行かない。頑張っても旅行難易度スライムレベルのグアム・ハワイから離れたがらない。確かに、ハワイ・グアムは楽しいが流石に買い物する目的持たぬ私には飽き飽きである。ヨーロッパ行こうぜと思うのだ。そんな冷え切った家族を見てきた僕が、海外で暮らす。そして毎日何かしら事件が起こるエヌさん一家。しかも、明るくマイペースに生活するエヌさん一家に驚きと愉しさを覚えたのである。一人旅前半戦では、中々写真を撮ってくれる人を見つけられず、げんなりしたが、ここでは撮ってくれる人がいる。8才の三男が「撮る、撮る!」と言ってくれる。僕は子ども受けが悪いと思い込んでいたが、どうやら僕が子どもに苦手意識を持っていたらしい。しかし、ここに来て吹っ切れた。旅の力って強いなと耽って撮られた写真が一生に恐らくこれきりであろうオリンピックマークが掲げられたロンドン橋をバックに撮ったものである。傘を武器に見立てる。これは少年共通のギャグであった。

 すっかり、エヌさん一家のニュー長男として馴染んだ僕は屋台でプーリーを買う。地元のやる気ないインドカレー屋で食べて美味しかった記憶に対するノスタルジーを「プーリー」と書かれたメニューに感じたからだ。少年たちはホットドッグを食べる。僕は後悔する、プーリーが地獄の辛さを持ち合わせていたことに。そうこうしているうちに、今日が過ぎ去る。旅も半分を過ぎたんだな、「切ない」。日本に帰って報告したいが、ずっとこのまま旅をしていたい。留学していたときも感じたこの悶々。なんだろう。帰りたい、でも帰りたくない。そのジレンマが今宵を支配するのであった。