「25万で欧州を放浪した男(仮)」

二十日目 ベルリン天使はどこにおる?

 ベルリンと言えば「ベルリンの壁」と多くの人は連想するであろう。しかし、ベルリンの壁を見ると少しがっかりする。確かに東西ドイツの和解・平和を求める人々の魂がこもった落書きを見ることができるが。壁は壁。「ショーシャンクの空に」のように壁を掘って脱出できないように、壁中に鉄骨が張り巡らされていることに驚くほか高校生だったの僕に興味抱かせるものは何もなかった。むしろ、「ユダヤ人犠牲者記念館」の方がよっぽど面白い。語弊を招くかもしれないが、それが高校生だった僕にしっくりくる感想である。大小折々の黒々とした直方体の碑が整列する。まるで~君中心に体操の隊形に開き校長先生の話を聴くかのようにその直方体はまじまじと道路を見る。例え、目の前に馬の糞が落ちていようが、変なホットドック人形が嘲笑してようが、少年少女あるいは僕が頭の上を飛び回っていようがお構いなく必死に目の前の透明無音な校長先生の話を聴くのである。そんな生徒と生徒の間を僕らは迷子になるようにして遊ぶ。気分はボンバーマンだ。ボンバーマンってスゲーな。四角い支柱だらけのの広いフィールドなのに障害物によって閉鎖化された窮屈な迷路空間を、でかい爆弾だけで出口へと突き進む。「ユダヤ人犠牲者記念館」を迷子ごっこするつもりが本当に迷子になった僕からするとリスペクトな存在だ。ここに来てボンバーマンへの格が上がったのである。

 さて話を真面目に戻そう。人類史上かつてないアーティスティックな記念碑だが、アーティスティックにすることでホロコーストの惨劇を確実に後世に伝えることができる。計算高いユダヤ人ならでは(そうなのかな、ハテナマーク)の歴史を残す術だなと感じた。

 大きな建築物の周りにはパフォーマーがよく集まる。ローマのコロッセオ付近やコペンハーゲンの市庁舎前にもパフォーマーはいたが、ベルリンのパフォーマーの多さには劣るであろう。ベルリンの壁崩壊時に東西の民の出会いの象徴ともなったブランデンブルク門を潜ると、明らかにクオリティの低い偽ミッキーマウスやダースベイダー、ギリシャ神話に出てきそうなマッチョ男の格好した集団、アーミー集団など沢山コスプレーヤーが日銭を稼ぐために全力でおもてなしをしていた。一緒に写真を撮ると料金がかかるので、誰かが撮っているところを収める。まさかのダースベイダーが熟したママさんにライトセーバーで首切りに遭うところを皆で写真に収めた。コスプレーヤーばかりがここブランデンブルク門で暴れているのではない。ある男が自分のフェラーリを自慢するかのごとく、滑走しているのだ。フェラーリの赤色、男のロマンを感じた。ドイツの真面目さとチャラさのメリハリの付け方に僕は共感を覚えたのであった。

 そうそう、ベルリンに来て最大の目的はブランデンブルク門を見ることでもなく、ベルリンの壁やユダヤ人犠牲者記念館を見ることでもなく、ましてやコスプレーヤーと写真を撮ることでもない。丁度、春学期に森鴎外の「舞姫」を読んだから、舞姫の舞台巡りをしたかったのである。ブランデンブルク門よりも、彼の通う学校の方が気になった。教科書に掲載されてあった地図を頼りに歩くが、都市化されすぎてスラムなど見当たらない。そして、ブランデンブルク門からウンテル・デン・リンデンを通って豊太郎が通っていたとされるフンボルト大学を見る。格式の高さ。そして、大学前で古本市が行われている様子は、今私が通う学校では見られない光景だ。学生と思われる人が、古文書のような茶色い塊を凝視している。もう一度言う。私の大学では決して見られない光景である。高校よりは本好き友達を見つけるのは容易だが、それでも日本の読書家人口は明らかに少ないと思われる。読書はマラソンと似ているのになぜ流行らない。最近、ビブリオバトルという書評バトルが学生の間ではやり始めているので、この勢いでマラソン並みのブームを巻き起こしてほしいな。僕も得意のプレゼンでおすすめ本を紹介するぞ。
 そうこうしているうちに、僕たちの腹時計がやかましく鳴った。ランチだ。ドイツと言えばソーセージ。近くのレストランでとても大きなソーセージを味わいました。カレー粉仕立てのソーセージは、肉汁とカレー粉が見事に社交ダンスをこなし、審査員である我が舌を満足させるものでした。この旅も残り5日。寂しくも、早くこのアメージング・ジャーニーの面白さを友達に伝えたい。次の旅はどこへ行こうかななどと思いを膨らませたり萎めたりするのでした。

 ブランデンブルク門の反対側には何があるって?ヴィム・ヴェンダースの「ベルリン・天使の詩」で天使が羽を休めたジーゲスゾイレ(戦勝記念塔)があるんだよ。1kmぐらいはあるであろう、ブランデンブルク門から続く直線の先に天使は待ち構える。金色に輝く天使。クールだ。天使だけではなく、鳩や虫も休めそうな空間。それを寛大に許すであろう黄金天使像に興奮する。ヴィム・ヴェンダース映画って本当に眠くなるんだよね。私の睡眠導入剤。「ベルリン・天使の詩」も前半30分でグッドナイトされたぜ。でもこの像を見たら、また観たくなった。テオ・アンゲロプロス映画を観る以上に体力を蓄えて観なくては。そう思って早一年。もう、有言実行観ないとなと思う次第であります。

 ドイツにも映画博物館がありました。ということで、ホストファミリーにお願いして、「ポツダム映画博物館」に連れてってもらいました。ドイツ映画というと、ヴィム・ヴェンダースやヴェルナー・ヘルツォークなどと言ったニュージャーマンシネマの映画群やフリッツ・ラング、F・W・ムルナウ等の太古の巨匠映画が挙げられるが、ここにはフランスの映画博物館ほど多くの僕が知っている展示がなくちょっとがっかりした。しかし、タラちゃん(サザエさんの方ではない、クエンティン・タランティーノのことだ)の「イングロリアス・バスターズ」にまつわる特別展が開催されていて、がっかりムードを払拭した。なんと、タラちゃんが使っていた監督チェアが置いてあるではないか。テンションアゲアゲの僕は座って記念撮影しようとしたら、従業員にダメですよと怒られてしまった。調子に乗ってすみません。

 ポツダムと言えば、察しの通りポツダム宣言が取り決められた舞台である。その取り決めの現場に訪れて驚き。こんな長閑な風景広がる地で、日本の運命を決めたのかと思うと考えさせられる。思えば、終戦間際にアメリカでは「錨を上げて」という映画が公開された。しかし、この映画カラー且つ、なんとトムとジェリーのアニメとジーン・ケリーが一緒に踊るという斬新なシーンが描かれていた。これでは、日本は勝てないな。白黒映画。しかも多くは検閲される。文化技術的にも劣っている日本がアメリカに喧嘩を売っていたなんて恥ずかしいなと感じた。ポツダム宣言作成の地で僕は日本の恥を考えさせられたのだった。