地球の急ぎ方~モロッコはイン・シャー・アッラー編~

四日目-2 砂漠のサクラ

 メ~(重厚な声)

 メー(高く寂しげな声)

 サバクにはいくつか種類がある。多くの人が知っているのは砂の「サバク」。さて、今僕がいるのは何もない「サバク」。ベルベル人のテントでミントティーを嗜んだ僕は虚無な空間を500mばかし探索してみた。子やぎがいた。何かを訴え鳴いていた。どうやら、親やぎに刃向かっているらしい。30m先のやぎの群れから、重々しい叱責のメ~が茶色の大地に響き渡る。茶色の子やぎは「行かんぜよ」と鳴いている。ツレの黒子やぎは、どっちに行けばいいのか分からず、あっちに行ったりこっちにいったり。僕が滞在している間平行線を彼らは歩み続けていた。

 モロッコでは日本では見られない景色がしょっちゅう見かけるから迂闊に睡眠などできない。時折、目印がてら山に白線で文字が書かれている。そして、最もよく見かけたのが「神・国王・祖国」を示す三つの単語だ。モロッコはこの三位一体を重視しており、非難するのはタブー視されている。イスラム国家の中でもゆるい、旅行初心者でも行きやすい国だと言われているが、やはり敬虔な国。山に熱いメッセージが込められていた。ところでナスカの地上絵もそうだが、よく雨や風でなくならないなと思う。作った人の魂が込められている為なのだろうか? 

 バスを走らせること1時間、サバクに引かれた今は枯渇している水道にたどり着いた。ここで、これからモロッコに行こうとしている人に一つ伝えておかないといけないことがある。ここはチップ大国。トイレ一つにせよ特に何もない水道に入るにせよ、チップが求められる。その額が非常に小さい為、旅行序盤に困った事態がおきる。例えば、トイレ。基本的に1ディルハム(約13円)払うのだが、外貨両替した時点では10ディルハム以上の紙幣ばかり集まった状態でとてもそんな少額を払える状態にない。パーキングエリア等で適度に金は使っておいた方が、トイレに行きやすい。頻尿ならなおさら、空港で少し崩しておこう。

 さてこの時、僕は少額問題で悩まされた。水道入場料10ディルハムに対し、数枚の100ディルハム札しか持ち合わせていなかったのだ。しかも、周りの人が結構10ディルハムを出しているから、10人目に並べば返金90ディルハム回収できるなと思い11番目に並んでいたら、10人目のおばさんがまさかの100ディルハム使いで作戦失敗。さてどうしたかと言うと、おじさんに交渉だ。

 おじさん曰く、後でで良いとのことらしい。ってことで暗闇へと通じる長い階段を降りてみた。しかし、想像以上にがっかり。当たり前だけれど、ただのトンネルだった。面白いものが眠っているのかなと思いきや、枯渇した水道の哀愁だけが眠っていた。でも、面白かったものが全くなかったかと言われたら、そうは言いたくない。天井から漏れる光が周りの砂塵を巻き込み、神々しい光の柱を形成していて美しかったのだ。それにしても、狭い水道に30人ぐらいの集団が密集していると息苦しくなる。僕はやはり人口密度の低いところが好きなようだった。

 この国では正規の物価が分かりづらい。なんとパーキングエリアで販売していた絵葉書が一枚50ディルハム(約650円)もするのだ。つまり交渉しろということだ。てっきり、交渉は楽器とか服だけだと思っていたのだが、絵葉書ごときでも要交渉だったのだ。ただし、金銭感覚麻痺していた上、トイレ代の硬貨を集めたかった僕は非正規価格で買ってしまった。ちなみに、モロッコ流交渉購買は一回10分以上マジでかかります。時間を買うか、会話を買うか。僕はこのとき、時間をぼったくられたようである。

 最近よくマニアックなアフリカや南アメリカの国を旅行するテレビ番組をみかける。そして、何回かに一回は狭い悪路を車と車がスレスレで行き交う光景を目にする。まさか々状況を体験するとは!丁度、峠半ばでは工事日和。働く車が砂塵をまき散らしながら暴れている。その横スレスレを全然失速することなく、通過する我がバス。そのドライビングテクニックは神業。丁度、僕も教習所で狭路レッスンをしたが、止まるか否かの超低速でやっと通り抜けたと思いきや脱輪する有様を体験している。こんな狭路を向かいから大きな車が突っ込んで来たら、オイディプス王のように発狂していたに違いない。そこをHAHAHAと笑い飛ばし駆け抜ける運転手が格好良かった。

 今日のタジン料理。

 肉と卵のタジンだ。質素な前菜の後の肉汁たっぷり程よい黄身加減な卵と絡みついた肉団子は美味。トドラ渓谷にこんな旨いタジン料理屋があるとは驚きである。ここでは、残念ながらアルコール提供はないため、新たな酒の味を覚えることはなかったが、デザートのプリンしかり、店員さんの「メシアガレデス」と異様な日本語と楽しめるところが多かった。さらに、窓からは丁度羊飼いが崖にいる羊を移動させている光景が見られ、彼のコミカルな動きと羊の抵抗の熱いバトルを楽しませてもらった。

 さて、トドラ渓谷滞在時間は残り30分。

 今朝、Facebookで知り合いから布を仕入れてくる依頼を受けたから、ここで買うぞ。ついにネゴシエーター入門が幕を開けた。

 この旅の目標は

 1:民族楽器を買う

 2:民族衣装を買う

 3:砂漠で面白写真を撮る

の三つである。三つ目は容易に達成されたため、残す二つは問題である。交渉しないといけない上、民族衣装なんか試着しないといけない。非常に面倒臭い。でも、民族衣装着て学校に登校してみたい僕はやらなければいけないミッションである。有言実行だ。

 その前哨戦イベントが今朝舞い込んできた。布を買う。布ってどう買うの?知り合いは布コレクターだそうだ。取りあえず、一安心した。トドラ渓谷には沢山布屋がいたからだ。色鮮やかな布が沢山並んでいる。その中で青い布が目についた。これを競り落としてみよう。するとおじさんが、「寄ってかない?」と手招きしたので早速、試着から入った。その青い布はスカーフである。試着で親睦を深め、おじさんにフランス語で「これいくら?」と訊いた。どうやら、彼はフランス語ができないらしい。英語にシフトしてみる。すると紙を引っ張り出してなにやら数字を書いている。3桁なのは分かったが、肝心な三桁目の数字が汚くて分からん。4?2?どうやら、400ディルハムらしい。5200円。クレイジー価格だ。やんのかこんやろーである。「ノコス、ハリハリ」とバスで教えてもらった交渉アラビア語を発動200ディルハムまで下げた。それでも高い。ところで、布の正規価格って何だろうと思っていたらばあさん集団が出現、何、これ200円ぐらいだよと言い放つ。おじさん困惑顔。僕をカモにする気満々だったようだ。これは50で手を打った方が良い。しかし、ばあさん去った後のおじさんは強気だ。100ディルハムから一向に妥協してくれない。ふと昨年観たナオト・インティライミのドキュメンタリー映画を思い出した。彼は交渉術を教えてくれた。相手が引かないとき、20mくらいその場から立ち去ってみるのだ。すると、安くしてくれるらしい。僕が「じゃあいい」と立ち去るとおじさんが布を投げつけてきた。おいおい、商品地面に落ちちゃったよ。こっちも強気で50じゃなきゃ買わんと言う。じゃあ50でいいよと言う。財布を出すと、おじさんが僕の100ディルハムを取ろうとしてくるじゃねえか。ふざけんじゃねえ50って言ったろう。ここは「アウトレイジ」の北野武を意識して対応。「リアリー50ディルハム?」と何度も念を押し、無事50で競り落とした。

 ただし、そんな涙ぐましい過程よりも結果を重視するのがおばあちゃんだ。おばあちゃんに「50ディルハムで買ったの?ダメね」と一喝。おばあちゃんは、人の買ったものの値段をすぐ訊いてくる。そして勇者じゃないと罵倒する。結果主義社会の洗礼を受けました。次回は頑張るぞ。

 黄昏のモロッコ。バスが停留すると時に少年たちに取り囲まれる。ギブミーキャンディーをしてくるのだ。ごめん、僕りんごあめちゃん全部食べてしまったんだ。ちと申し訳なくなった。そんなこんなで、ようやく旅らしくなったモロッコ探訪記の一日が終わろうとしている。ホテルでフラッグというビールで酔った僕は一日の締めで映画を撮り始める。「ラマダーン」の断食ラウンド2シーンを撮るのだ。

 酔っていてその日は気がつかなかったが、帰国後編集していたら、この日の動画の色合いが真っ赤っか。アンディ・ウォーホルっかとツッコミを入れたくなる映像ができあがってしまった。

 P.S.そうそう、道中でサクラを見つけたんだ。荒野の荒々しい道に咲き乱れるサクラ。えっつサクラじゃないって?これはアーモンドの花だ。峠の下方に見受けられる満開アーモンドはまさに、日本庭園がモロッコにワープしてきたかのようだ。エキゾチックな空間に現れる日本っぽさ。やっぱりモロッコは不思議な国である。